眼鏡越しの風景EP40-道草-

「そっちから行ったらアカンのにぃー!」
ピカピカの小学1年生になった4月、入学から3日目にして集団登校から脱落した。

当時、新入生は通学に慣れるまで、上級生のお兄さん、お姉さん、その年に入学した同級生たちと集団登校するのが慣例となっていたが、その後も6年間そのままグループで登校するような雰囲気にもなっていた。
初登校の数日前、地域のお世話係の親御さんが、「朝は7時50分頃、家に迎えに行きますね」と、登校の詳細を伝えに来た。それまで平日昼間は保育園に通い、家の近所の子たちと遊ぶという選択肢はなく、ほとんど交流もなかった。

週末、彼等が遊んでいる姿をたまに見かけると、お互い気になる存在でありながらも、むこうも「誰だ?あいつ?」と…、こちらもそんな空気を感じ取り、知らない子に視線をチラリと送っては、遠巻きに通り過ぎるだけだった.なのにいきなり同じ学校に通うという共通点だけで、今日からお友達、仲良く通学してねと言われても・・・だ。

尻込み気味の私を母は心配し「せっかく誘ってくれてるのだから、一緒に行ってみたら?」と背中を押すように言った。母も近所にママ友が居なく、職場や同じ環境で働くママたちとの交流が多かった為に、子供の事情であるものの近所付き合いの手前、断りにくかったのかもしれない。渋々、初日は集団登校なるものに参加することにした。

朝になると“ピーンポン”と、近所の顔見知り程度の小学生7,8人が家の前で待っていた。「おはよう!」お姉さんはニッコリ笑って見せた。他の生徒たちは、上級生も同級生も見知った顔ばかりなのか、新しく始まる学校生活に胸を躍らせ、みんな楽しそうにお喋りをしていた。
私はというと、粉が吹いたような乾いた表情を貼り付け、内弁慶な人見知り気質を思いっきり発令させていた。学校に着くと、登校中ずいぶんと疲れてしまい、教室から空を見上げながら、翌朝を思うとまた憂鬱になっていた。

翌日もまた同じ光景の朝、その次の日も判で押したような同じ朝だった。みんなで歩幅を合わせ、さほど興味のない会話、アウェイ感を漂わせている私に、“私、みんなと友達ですよー!”と、得意気な顔をする女子も苦手だった。日に日に歩く速度は遅くなり、気がつくと集団の一番後ろを一人歩くようになっていた。その夜、夕飯を作っていた母に、「明日からは、一人で学校に行く」と伝えた。

昔からムーミンに出てくるスナフキンが好きだった。風の吹くまま、気の向くまま、何にも捉われない、気ままで自由な姿。

それからは毎朝一人だったけれど、クラスや学童保育所に友達は居たし、気楽で気まま、自由な通学はとても楽しかった。学校で決められた通学路があったものの、登校を始めて間もなく、そんなルールをすっ飛ばし、住宅街を抜ける近道をランドセルでパタパタと駆け抜けていた。途中、白いモフモフの犬がいるお家を見つけた。細い道を走り抜けながら「おはよう!」と毎日声をかけていると、次第に通学時間になるとちょこんと塀の隙間から顔を出し、頭を撫でさせてくれるようになった。

お花がたくさん植えられているお家の真横を通ると、柵から路地にはみ出した色とりどりのお花たちが、花のトンネルとなり、甘い香りと、華やかな装いで迎えてくれていた。近所の男の子たちは、近道の短い階段を上がって行く私を見つけては、相変わらず「あかんのにぃ~、いっつも通学路とちゃうとこ通ってる~、先生に言うたろ~ぉ!」と、遠くから口々にヤイヤイうるさかった。
集団からはみ出すのは正直怖い、一人だけ他と違う行動をとることに、不安や寂しさももちろんあった。

台風警報で学校は休校。集団登校しない私は、知らずに登校してしまった。閉じられた校門前で風に煽られながら、傘をギュッと握りしめ立ち尽くしていると、管理人のおじさんが「今日は休校になっているよ。休みなの、知らんかったんか?」と、もと来た道を帰ろうとすると「気ぃつけて帰りよ~」と背中越しに優しい声が聞こえた。そんなことがあろうとも、それからも勝手気ままに登校する私をからかっていた少年は、たまに遠くから何も言わず羨ましそうにジーッと見ていることがあった。細くヒョロっと背の高いその少年は、集団の中にいる不自然な自分に、どこか居心地の悪さを感じていたのかもしれない。

それから何年かして、彼はある日学校に来なくなった。

近道も、道草も、時間ギリギリに駆け込む教室も、意味のある無駄な時間。花の蜜を吸い、通り道のカマキリの卵が膨らむのを毎日楽しみにしながら、空想と想像、もう一人の自分に話しかけ、毎朝の独りぼっちは冒険いっぱいの最高の時間だった。

ある日の学校帰り、雨戸がピタリと閉まった彼の家に、預かったプリントを届けに行った。呼び鈴を鳴らしても誰も出ず、庭に植えられた桜の花びらだけが黒光りしたタイルの上に無数に散らばり、庭木に埋もれた褪せた銀色のポストに、束ねられたプリントを落とす。金属の乾いた音は色を持たない。

一緒にはみ出しちゃえばよかったね、どんな方法だって笑っていられればよかった。

心がギュッとなる前に

♪My Favorite Song
RPG   SEKAI NO OWARI

yukko

投稿者プロフィール

眼鏡と帽子がトレードマークのボーカル yukkoです。

邦楽カバーとオリジナル、ピアノ&ウクレレ弾き語り
新開地音楽祭やラジオ出演等 神戸を拠点に活動中。

作詞やエッセイ、言葉を調べたり、書きものが好き。

眼鏡越しの風景を、徒然なるままに…。

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