眼鏡越しの風景EP41-茫然-

桜の季節も終わり、新しいクラスにも慣れた頃、近くの自然公園へ春の遠足があった。その当時、おやつは300円まで。鉄板ネタのような「先生!バナナはおやつに入りますか?」と言うフレーズさえ思い浮かんできそうだ。程度の問題はあれど、少しくらいオーバーしたってよかったのだろう。あの頃は律儀に300円をきっちり守っていた。

主となる大物はまずスーパーで、残りの小物は橋向うの小さな駄菓子屋さんで買う。5円や10円の小銭で飴や、マシュマロ、チョコレートが一粒から買えるからだ。習ったばかりの足し算、引き算に苦戦し、途中何度も「あれ?」と、なりながらも暗算を繰り返した。いかに数と種類をたくさん買うかでいっぱい、いっぱいなのに、計算式まで入り乱れ小さい頭の中はパンク状態だったが、遠足の為なら頭脳明晰にもなれた。

お弁当タイムの後は、クラスメイトたちとのおやつ交換会。「300円でそんなの買えたんだ~!」と、買い物上手な友には尊敬の眼差しを向けた。男前に袋菓子の大物をドーンと一点買いした子は、その袋菓子一点押しの為に小さな飴等のおやつ交換には加われず、「へっちゃらだ~い!」と、お弁当を食べると負け惜しみのように、すぐに遊具に向かって駆け出して行った。

フルーツ味の棒付キャンディー、カラフルなセロファン紙に包まれたラムネ、ハート型の銀紙チョコレート、しょっぱい系担当は、たこ焼き味した小袋のスナック菓子、食べる前にソースを塗る小技が利いている。魚の形をしたチーズ味のクッキー、チョコレートを付けながら食べるステックビスケット、串にささったお父さんのおつまみ風イカもどき、タバコを模したココア味の駄菓子も外せない。パッケージの可愛さ、派手な包み紙の見た目、気軽に交換可能な小物感、さらには食玩的な「何々?何々?」と周りの興味を惹くインパクトがあれば、遠足の人気者になれること間違いなしだ。おやつの準備は万端、母には事前にお弁当に入れてほしいおかずのリクエストもした。

そして遠足当日の朝、空は高く晴れ渡り最高の遠足日和。
目覚まし時計無しで早起きし、リュックの中を何度も確認した。母もいつもより早起きし、お弁当の支度にとりかかっていた。赤や青、緑に黄色、かわいい動物の顔付きピンには、うずら卵にきゅうり、チーズが刺さっている。こんなカラーピン、家のどこにあったのだ?初登場の特別感。お約束の卵焼き、母の得意な映えるおかず“ミノ揚げ”、薄切りの鶏肉をジャガイモの細切りで巻いて揚げている。お弁当のおかずにしては少し手の込んだものだ。台所に立つ母の背中越し、色とりどりの特別仕様のお弁当が少しずつ出来上がっているようだった。私が支度をしている間に、キュッと結ばれた赤いチェックの小さな包みと、母の仕事場用のお弁当箱が大小2つテーブルに並んでいた。これから始まる楽しい遠足にウキウキしながらバス停まで行く母と、足取りも軽やかにその日は一緒に出掛けた。

小さな公園の横を通り過ぎる辺りで、
「今日の遠足のお弁当どんな~ん?」

「リクエストのエビフライも入れて、朝からがんばったよ~」
と母も得意顔だ。

「見たい!見たい!」

「え~、今?ここで?」

「うん、見たいっ」

母はまんざらでもない顔をしながら、私のリュックからチェックの包みを取り出すと、仕事用の鞄を反対の腕に掛け直し、掌の上で包みを開きながら片手でお弁当箱の蓋を器用に開けた。

「見せて!見せて!」とピョンピョン飛び跳ね、腕にまとわりついた瞬間、

「あっ!」

「あぁーっ!」

お弁当はチェックの包みと共に勢いよく、レンガ色の道にバサッという鈍い音を立て落ちた。エビフライも色とりどりのピンに刺さったうずらも、タコの形の赤いウインナーも、さっきまでお弁当箱に整然と並んでいた姿はなかったかのように、行儀悪くバラバラと地面に散らばった。おにぎりだけはなぜか存在を主張しながら、少し歪んだ顔で地面に横たわっている。母も私も放心状態で、ほんの数秒がとても長い時間のように思えた。

遠足を楽しみにしていた気持ち、朝早く起き作ってくれた母のがんばり、遠足のお弁当がなくなってしまった現実、不意に目から大粒の涙が溢れた。遠足日和の晴天が、急に白々しく思え、泣きながら母を見上げると、母も涙目になっていた。こんなところで開けなければよかったという母の後悔、浮かれて飛び跳ねなければよかったという私の後悔。

母は我に返り、「あーぁ、落ちちゃった…ね。」と、涙目で笑う。母は砂だらけのおかずたちを手で拾い集め、小さなお弁当箱に戻すと上から蓋を強引に閉めた。汚れてしまった真新しい赤いチェックの包みとお弁当箱を、無かったことのように自分の鞄に素早く仕舞った。茫然と立ち尽くす私に、「しゃーないなっ、見た目は遠足仕様じゃないけど、味は同じ!このお弁当持って行き~」母は会社で食べるはずだった自分のお弁当を、鞄から取り出すと私のリュックに素早く入れた。「バス来たから、先行くね」と振り返り、ヒールを鳴らしながら足早に駆けていく。

母は強し、切り替え早し。

涙の渇かぬ頬に、風は少し冷たい。

さぁ!遠足の始まりだ!私も小走りにあとを追った。

♪My Favorite Song
俺たちの明日   エレファントカシマシ

yukko

投稿者プロフィール

眼鏡と帽子がトレードマークのボーカル yukkoです。

邦楽カバーとオリジナル、ピアノ&ウクレレ弾き語り
新開地音楽祭やラジオ出演等 神戸を拠点に活動中。

作詞やエッセイ、言葉を調べたり、書きものが好き。

眼鏡越しの風景を、徒然なるままに…。

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