眼鏡越しの風景EP71-長靴-

梅雨時期になると、母から初めて買ってもらった長靴のことを思い出す。
私が当時通っていた保育園は、住んでいた高台の団地から長い長い坂を下った先にありました。雨が降ろうものなら、雨水も一緒に坂を下り、ちょっとした小川のようになるのが常で、靴の中では靴下を履いた足が、チャポチャポと泳いでしまうほど。
保育園に到着し、上履きに履き替えても、下駄箱に置いてきた濡れた靴は、帰るまでには乾ききらず、フニャと中途半端に湿っていて気持ち悪い。

やっぱり「長靴 最強!!」と、私の長靴への憧れは募るばかりだった。

ついに長靴を買うと決めたものの、私の小さな足に合うサイズはなかなか見つからず。母がいくつも靴屋さんを巡り、やっと見つけた1足は、側面に小さなワンポインで傘を差すスヌーピーとウッドストックが描かれた、黄色に白のラインが入った長靴で、普段はキャラクターものを着せない母が、唯一OKだったスヌーピー。私も小さい頃から、大人となった今でも、PEANUTSのキャラクターたちが大好き。

一目でお気に入りとなった長靴は、私にはやっぱり少し大きかったが、梅雨入り前になんとか間に合い、母は安堵しているようだった。初めての長靴、お気に入りのスヌーピー、こうなると早く履きたくて仕方がない。テレビでは週明けからまた雨が降ると言っていたが、待ちきれず家の中で長靴を履き、ブカブカの慣れない履き心地と感覚に、床を踏みしめながら、家中を大股で歩き回っていた。

しばらくして、台所から「お昼ごはん出来たよ」と母が呼ぶ。そのまま椅子に座り、テーブル下で長靴の足をブラブラさせていると、母にバレてしまい、静かなトーンで「脱ぎなさい」と、言われてしまった。

そのまま仕舞われそうになる長靴を「もう少し」と、慌てて母から取り返し、リビングのカーペットにお行儀良く並べ、眺めながらごはんを食べた。
ごはんを食べ終わると、またすぐに長靴を履いた。家の中だけでは飽き足らず、少しだけ外に出たくなったが、靴は朝下ろしなさいと言われていたし、履き慣れない靴で勝手に外に出る勇気もなかった。

そんな時、団地内はギリギリセーフのグレーゾーン、“外”ではない、むしろ“中”だからと、変な言い訳をして、母が食器を洗っている隙に、音を立てずに玄関の鍵を開け、そっとノブを回した。玄関から外へ、結界のような境界線をドキドキしながら超えると、地面を踏む足裏の感覚さえ、家の中とは全く違うように思えた。住んでいた3階のコンクリート階段の踊り場から4階、5階へ上り下りを繰り返していると、買い物に出かけようと下りてきた上の階のおばちゃんが「可愛い長靴買ってもらったのね」と、声を掛けてくれた。まるで自分が褒められたみたいで、とてもうれしかった。

さらに得意気になっていた理由はもうひとつ。
その頃、母によく読み聞かせてもらっていた「長靴をはいた猫」の主人公、あの賢い猫に長靴を手に入れたことで、私もなれると思っていたのだ。物語では貧しい家の3兄弟のお父さんが亡くなり、一番上と二番目の息子は粉引き小屋とロバをそれぞれ貰っていたのに、末息子に与えられたのは、飼ってい猫のみ。貧乏クジとばかりにガッカリする末息子だったが、知恵と機転のきく賢い猫のお陰で、お城まで手に入れ、高貴な伯爵の娘と結婚し、幸せになったというお話だ。

私は持っていた傘をサーベルに、掛けてあったレインコートをマント代わりにし、セリフを言いながら賢い猫になりきった。掴んでいた柵から手を離し、マントを広げて優雅に階段を降りようとしたその時、長靴にレインコートの裾を引っ掛け、前のめりにバランスを崩すと、そのまま階段を転げ落ちた。すごい衝撃の後、気がつくとひんやりとしたコンクリートの踊り場に私は横たわっていた。

母に内緒で、長靴を履いて出たことや、伯爵気取りでごっこ遊びをしていたバツの悪さ、一体誰に向けての「へっちゃら顔」だったのか、落ちたことをなかったことにしようとした。近くに投げ出された傘と、脱げた長靴の片方を手元に引き寄せると、放心のままその場に座り込んでいたが、鈍い大きな音に気づいた母が、玄関ドアを勢いよく開け、「どうしたの!?」と、飛び出してきた。階段下の状況に驚いている母の勢いに負け、私は「落ちたっ」と小さな声を発すると、落ちた恐怖と打撲した肩の痛みが現実ものになり、駆け寄った母に抱えられワンワンと泣いていた。

雨を待たずして、どしゃぶり涙で大雨警報発令。
こぼれる涙もなんのその、やっぱり「長靴 最強!」

♪My Favorite Song
雨踏むオーバーオール     aiko

yukko

投稿者プロフィール

眼鏡と帽子がトレードマークのボーカル yukkoです。

邦楽カバーとオリジナル、ピアノ&ウクレレ弾き語り
新開地音楽祭やラジオ出演等 神戸を拠点に活動中。

作詞やエッセイ、言葉を調べたり、書きものが好き。

眼鏡越しの風景を、徒然なるままに…。

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