眼鏡越しの風景EP72-人波-

大阪の地下街は、地下鉄の乗降客や3つもある百貨店への買い物客など多くの人で今日もごった返している。私がその雑踏の一員になって、かれこれ12年。いつものように地下街を横切っていると、何本かある大きな柱にピタリと背中を付け佇む老夫婦を見かけた。普段なら気にも止めず、足早に通り過ぎてしまうが、木の下で雨宿りをしているかのような二人の姿が、その時は妙に気になってしまった。おばあちゃんは、おじいちゃんの右手を胸の前で抱え込み、両手で抱き締めるようにギュッと握っている。おじいちゃんの左手には洋菓子店の大きな紙袋。百貨店で美味しいお菓子を買い、お孫さんのところにでも行くのだろうか?

地下街の人波は帰宅時間のピークを迎え、今まさに人の波が押し寄せ、ますます人で溢れかえっていた。また、この波はなかなか厄介で、一つの方向からではなく、360度縦横無尽にやってくる。

大阪に来た頃の私も、この地下街にはずいぶん苦労した。少し向こうに着地点が見えているにも関わらず、多方向からやって来る人を何度も避けているうちに、目的の場所とずいぶん離れた地点に着地してしまい、たどり着くまでに余分な時間がかかってしまう。ただ、目的地まで歩いているだけなのに、地下街という場所は人酔いし、疲れてしまうのだ。目の前の人を避けることで、横から来た人とぶつかってしまい、その衝撃でよろけ、人の波間に沈みそうになったこともあった。「イタッ!」と振り返っても、ぶつかった人はすでに雑踏の中、いったい誰とぶつかったのかさえわからない。中でも一番気まずいのは、歩行したままお互いが避けようと、同じ方向へ向かい合ったまま数回避けらず、見ず知らずの他人と、顔と顔がかなりの至近距離で「あぁぁ…」「あっ」と、もはやそれは彼氏彼女の距離感じゃないのかと、かなりの恥ずかしさである。

ここ2年ほどで、そんな私も人波サーファーを自称するベテランとなった。縦横無尽の人波を、自分の歩幅と歩行速度を変えることなく、軽やかに乗りこなし、人のかわし方も今ではすっかり板についた。突然目の前に現れた人と肩が当たりそうになるのを、自らの肩をスーッと斜めに引き、美しくすり抜ける技まで身に付けた。最近、大阪勤務になった同僚へ「大阪地下街の歩き方」をレクチャーしていたほどだ。

さて、小鹿のように柱の傍で佇んでいたおじいちゃんとおばあちゃんはどうなっただろうか?おばあちゃんは自分の手や持ち物が、歩いてくる人たちに当たってしまうことを恐れ、それらの物を自分の体の幅より外に出さないよう、直立不動で柱に擬態しているみたいだった。私は少し離れた場所から、二人のいる柱までたどり着き、もしもの場合は手助けしようかと、そのまま様子を見守っていた。2人は目の前を通り過ぎる人波に圧倒されながらも、意を決したように握り合った手に力を込め、うなずき合うと肩を寄せ小さくひと固まりになった。いざ目的地である、向こう岸の地下鉄の改札を目指す。帰宅ラッシュの人波、大しけの地下街の大海原を移動し始める2人。一気に進むのは難しいと諦め、柱から次の柱を目指し小刻みに進んで行く。小さな歩幅は心持ち急ぎ足、心細げに進む二人の姿は小舟のように、右へ左へ揺れながら、人波に消えていく。

雑踏の中を過ぎゆく人々の小さな物語。
地下鉄の改札から流れ出す次の波に乗り、私もまた流れていく。

♪My Favorite Song
HERO   Mr.Children

yukko

投稿者プロフィール

眼鏡と帽子がトレードマークのボーカル yukkoです。

邦楽カバーとオリジナル、ピアノ&ウクレレ弾き語り
新開地音楽祭やラジオ出演等 神戸を拠点に活動中。

作詞やエッセイ、言葉を調べたり、書きものが好き。

眼鏡越しの風景を、徒然なるままに…。

この著者の最新の記事

関連記事

Language

ピックアップ記事

  1. 2020-3-19

    人気声優、神谷明さんの声で火災予防の啓発

    人気声優、神谷明さんの声で火災予防の啓発 株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」)が作成する動…
  2. 2019-10-10

    Mop4:うしがたに

    5歳の息子は、まだ舌足らずなところがあります。 「うしがたに」というのは公園の名前で、正式名称は「…
  3. 自衛隊通信中継施設

    2019-1-25

    【神戸の豆知識】六甲山の山頂はアメリカの軍事施設だった波瀾万丈の歴史

    六甲山の山頂はアメリカの軍事施設だった波瀾万丈の歴史 六甲山の山頂には、戦後から1992年に返還され…
  4. 2019-3-2

    【神戸の豆知識】ボウリング発祥の地1869の碑が東遊園地にあるけど・・・日本で最初ではなかった?!

    ボウリング発祥の地1869の碑が東遊園地にあるけど・・・日本で最初ではなかった?! 神戸市役所の海側…

情報提供

LINE@はじめました

KOBE Total Pressチャンネル

ページ上部へ戻る